昨夜未明

河童はいる

充血してる

死をもって別れる事に後悔はないか?勿論だ。互いを想い合う理性的な別れ、勇敢な優しい別れ、そんな自分で自分の生爪を剥ぐくらい苦しいことがすんなり出来るならまずこんな結論が出るわけないんだから。強制暗転、問答無用で閉まる幕、選択の余地なんていらない。それでいいのだ。それが一番の救いなのだ。「希望」は醜い顔をしていると思った。その醜悪な顔を直視出来るようになることも、それまでにかかる莫大な時間も思うだに恐ろしかった。

 

午前四時。スマートフォンはもう鳴らない。胸がぐうと軋むのを感じる。もう少し可愛げのある文章を送ればよかった?重たい縋り方だっただろうか?体の中心を何かに強く押さえつけられるような感覚、息が上手く出来ない。心臓の鈍い痛みと反対に鋭く冴えた意識の中で、執着と寂寞を吸ってずぶずぶと浮腫みきった思考が心臓を圧迫しているのだと私は理解する。馬鹿げていると知っている。この未来を手放すことが自分にとって最善だと知っている。だが、馬鹿馬鹿しくぬらぬらと光っているこの思考を、切り捨てることが、どうしても、できない。

 

もう一度寝返りを打つ。脱ぎっぱなしで床に散らした衣服が画くなだらかな稜線を、窓からの仄かな明かりがなぞる。仰向けに寝直して、右手を天井に向かってのばす。輪郭がぼやける。

 

あの人の居ない未来に何の価値があろう?吐き気がした。私よりあの人を愛せる人はどこにも居ないのに。私ならば彼を幸せにできるのに。今すぐ訂正したい。みっともない私をあの人の頭の中からすべて消してしまえれば、あの人の頭の中に居る私さえ美しく気高くありさえすれば、そう努力すれば、こんなことにはならなかったのに。何もかももう遅い。

 

「もう一回会えない?」

「おねがいごめん」

「ごめんね」

「直接話がしたいです」

 

積み重ねている言葉すべてが、私の心の叫びが、彼にとっては何の意味もなさない言葉であることは明白だった。彼の吐く息、視線の揺らぎ、髪の乱れ、どれも私にとっては意味の塊だった。一つの言語体系でさえあったかもしれない。いつか私は自分で編んだ言語に縛られて、彼の本当の気持ちを全く感じられなくなっていたのだろう。今ならわかる。だがわかるだけだ。