昨夜未明

河童はいる

よい建物Vol.1 代々木のモノリス

部活の都大会が終わった中学3年生の夏に、ウンウン唸るDVDプレーヤーの前にかじりついてアニメ版エヴァンゲリオンを一気見したときから、「無機質」の概念は私の中に一つの憧れとして深く根を張った。もわっと熱気のこもる四人家族が10年住んでいる借家の一階、汗が染みた畳のはるか対極に位置するそれ、例えばひんやりとして、無人で、機械音だけが響くネルフ本部の長いエレベーター。ミサトさんの住むクリームホワイトの画一的なマンション。極めつけは言うまでもなく第五使徒ラミエルだ。繋ぎ目一つない完璧な正八面体はめくるめく形を変え要塞都市箱根を襲ったが、もし自分があの場にいたなら地下シェルターから飛び出して指紋をつけまくりたい衝動を抑えるのが大変だったに違いない。いやまあ、殺されるんですけど。

 

機械ではないが、生物とも言い難い。エヴァンゲリオンの端々に散りばめられた圧倒的未知、圧倒的無機質。私の平凡な人間的生活とは遠く距離を隔てたナイジェリアのそそり立つアソロックやスペインのペニョンドイファクのような一枚岩を例に取ればよりわかりやすいだろうか。まごうことなきただの岩、質量と時代を鑑みれば人の手を加えることは不可能なのに、どう考えても自然に「そうなった」とは到底思えない幾何学的画一性と存在。血の通わない鉱物に生命や意志を感じずにはいられないモノリスの神秘。

 それは代々木に屹立していた。

 

f:id:yd_fkm:20180130232041j:plain

 

すっきりと無駄のない、冷たい直線が四方の空を音もなく画し、沈黙のダークグレーは体躯の黒い流し目を興味なさげに宙に投げる。ベランダや窓辺のデザインには余計な厚意が一切なく、中央に走る端正かつ計算に裏打ちされた渓間はシンプルの至上を力強く訴求する。

 

か、かっけ~~~~。

 

1階店舗テナントにはローソン。しかも、「黒」。

 

 

かっけ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~。

 

 

この外観が与える神秘的印象、その要因の大部分はおそらく低層階の窓が無いことに由来するんじゃないだろうか。多分間取りが違うからだろうけど(上4階は1LDKとかなんじゃないかな)、窓が無い=秘匿性という回路もあれば、「人間が住む場所に違いない」のに「あまりに温度を感じない」という相反が招く自分の理解との距離を神秘に位置づけるのかもしれない。寡黙な横顔に伝う汗、口元まで隠した礼装の不可侵感、あるいは薬剤師のお姉さんがやけに色っぽく見えるのと同じ理論である。

 

汗ばんだ夏のふとももにくっきりとついた藺草の跡、手のひらに収まる幾何学模様との対比が想起される。