アンテロープ
「今何時?」
「10時よ」長髪の娘が怒ったような口調で答える。日差しは換気の滞った部屋へシャープに切り込んで、色素の薄い水曜の朝を静かに起こす。すらりとした脚が布団の海を蹴飛ばして跳ね上がる。不機嫌そうな声音は眠気によるものだということを、短髪の娘は知っている。
「結果はどうだったの」
そう言いながら彼女はゆっくり起き上がって木切れの間を歩き、ミルクパンに水を汲んでコンロをひねる。勤勉な炎が規則正しく燃えた。柔らかい睫毛を華奢な指が轢き殺し、何度も執拗に往復する。妥協はしない。
「最悪」
ベッドサイドの壁にその長い脚を立てかけながら、天井を見つめて悪態をつく。「不戦敗って感じ。また例の展開で私はまんまと豹に」両手を獣風に曲げてみせてから、右手で自分の下唇をつまむ。キッチンで峻峻と音を立てる熱湯の存在に気付き、長髪の娘はそのアイデアに乗る。
「私カモミールがいい」
出口が変形したせいで不自由になった声を聴きながら、短髪はマグカップにライラック色のティーバッグを、もう片方には薄紅のものを入れた。
「それで食べられたの?」
「あとちょっとのところで逃げられた」
湯に溶けだす。透明の中で赤薔薇のカーテンが気持ちよさそうに身体を伸ばし、深呼吸をするたびハーブティーは命を持っていくけれど、彼女がティーバッグで攪拌するとたちまち死んでしまう。