昨夜未明

河童はいる

ユニセキュラーの午後

わたしは外出先で、一人でご飯を食べることができない。別に要介護認定されてるとかいうわけでなく、お店に入ったりお弁当を買ったり、ただ単純にちゃんとした食事をとることができないのだ。例えば誰も知り合いがいないバイトの休憩時間、大学の昼休み、わたしは何も食べず水分だけをとるか、お菓子を食べるか、眠るか、歩くかで時間を潰す。まともな食事を一人でとる意味が分からないからだ。

 

食事というものはわたしの中で一つの娯楽のコンテンツである。金銭と引き換えにカロリーと栄養と味覚、そして「食事」という時間を得る。中でも時間は人間にとって非常にさまざまに作用しうるもので、「食事」を共有した人々はかなり互いの距離を縮めることになるし、これを一人きりで過ごすと侘しくなったり寂しくなったり思考に沈潜したりする。一人でご飯を食べる時間が幸せな人もいるのかもしれないけどわたしは残念ながらそうではない。わたしは日頃からあまり長く生きていたいと思っているタイプではないので、栄養とカロリーはあまり必要がなく、味覚ならお菓子で十分で、わざわざお金を払って侘しくなりたくもない。一人きりでマリオカートをしてもつまらないじゃないですか。そういうことです。娯楽としての食事は一人では全く成立しなくて、よってわたしにとって完全に無意味なのである。

とはいえ思想や感情は肉体に勝てないので、空腹を満たすためにコンビニに寄ること自体はままある。大体じゃがりこを一つ買うか、わたしの好きな明太マヨおにぎりを買うかなのだが、必然野菜ジュースとカロリーカットのお茶が付いてくる。黒烏龍茶は言わずもがなだが、食前の野菜ジュースは炭水化物の吸収をおだやかにしてくれる上ビタミンもとれる優れものである。先ほど栄養は必要でないと言ったけど、そりゃそんなにすぐ死ねない以上肌が健やかで体重は軽い方が良い。

 

 

スクリーンの前でじゃがりこをかじりながら、先ほど取り付けた面談予約の手続きをのんびり済ます。だいたいみんなランチは外へ食べに行くから、昼休みのオフィスは静かだ。モニターを挟んで向かいの席の佐々木くんが帰ってきた。あんまり喋らない人だ。誰と一緒なのかは知らないけど、混雑を避けるためか、11時40分になるといつもサッと立って外へ出かけて、12時30頃戻ってくる。ぼんやりキーボードを打っていると、頭の上から声が降ってきた。

「お昼それだけですか」

佐々木くんだった。座ろうと椅子を引いた体勢のまま、驚いた顔でこっちを見ている。あ、この人結構背高いんだな。

「うん」

「え、ダイエットすか」

「違いますけど」

「へえ」

「わたしあんまりご飯食べれないんですよね、一人だと」

佐々木くんがさらに目を丸くする。黒くて大きい犬みたいだ。

「じゃあ、明日お願いします」

「?なにが」

佐々木くんはちょっと笑う。

「え、それ、誘ってるんじゃないんすか?昼飯」

ちがうよ。と言おうとしたけど、つられてわたしも少し笑ってしまった。このあたりにいいランチのお店あったかなと思い出そうとするけど、食べに行かないから全然知らないんだった。しょっぱくなった指を拭こうと机上のティッシュをつまみながら明日の洋服を考えている自分に気付く。約束には幸福が豊富、その上カロリーはゼロだ。