昨夜未明

河童はいる

ずっとグルーピー

andymoriを聴くと思い出す人がいる。

 

それは高校2年生の頃に知り合った男の人で、彼はわたしと出会う前からずーっとバンドをやっていた。そのとき21歳だったから、もう28歳くらいになるのだろうか。ライブハウスの真ん中でギターを弾いては歌っていた。名前を淳くんという。淳くんのバンドは激しく、ポップで、キャッチーで、いつでも熱を帯びていた。湿気のない、エジプトの6月みたいな、幸せで香ばしい熱気。淳くんはそのセンターでいつも猿みたいにぎゃんぎゃん歌って、ぎゃんぎゃんギターを弾いて、ぎゃんぎゃん笑った。どこのライブハウスで初めて見かけたかは忘れてしまったけど、あまりのエネルギーに感動して出番終わりの淳くんに声を掛けたのを覚えている。

 

ステージに登っていない時の淳くんは子犬みたいな顔の、小柄な、ふわふわした男の人だった。にか!とよく笑って、よく食べ、いつも自分が出るライブにわたしを招待してくれて、終わった後よくご飯に連れて行ってもらった。淳くんは大学に通わず、ずっとTSUTAYAでアルバイトをしていると言った。なんで?と聞くと大学に行かなくても音楽できるもん!と嬉々として答えるので、大学に行っても音楽はできるのになぁと思った。淳くんのギターはやっぱりうまかった。

「ロックンロールは、最高なんだよお!」

静岡県境の国道1号線沿いに片方だけ落ちていそうなドロドロの雨泥汚れがもはやパリッパリになった軍手ぐらい使い古されたセリフを、淳くんは酔っ払うとよく口にした。そのセリフの勢いがすごいために(言葉と一緒に身体も動くタイプの人だった)決まって飲みかけの生ビールを零すので、わたしは烏龍茶を奢ってもらっている身ながら少し嫌だった。後片付けするの誰だと思ってるんだ。

 

「好きだよ」

ソファーじゃなくてマットが敷いてある座敷タイプのカラオケで、淳くんに押し倒されたことがある。上野の繁華街の一角、ところどころ壁紙は剥がれ、タバコの匂いが染み付いた安カラオケの個室。部屋にいる人間全員、つまりわたしと淳くんがキスをしているため歌う人が誰もおらずひたすらカラオケは流れ続けていた。アホみたいな映像が延々とちいさなテレビ画面に光る。

「ギターは?」 

「好き」

「わたしは?」

「もっと好き」

「…」

「…嘘ごめん」

淳くんはゆっくり身体を起こした。淳くんもわたしも顔じゅうよだれだらけで(もちろん淳くんのよだれで)、とりあえずおしぼりで顔を拭いた。それからわたしはちょっとしょんぼりする淳くんの頭を撫でた。急に起き上がったのと古いタバコの匂いとで、浅い水たまりみたいな頭痛がした。

 

 

わたしが好きだった淳くんのバンドは解散してしまった。その後組んだバンドもベースが見つからずに解散した。その後に組んだバンドはどうなったか知らない。ちょうどわたしの受験勉強が始まって、だんだん疎遠になってしまった。

 

淳くんの声が小山田くんに似てるから、のような気もするし、あの飛び跳ねるようなギターがandymoriの曲調に似てるから、なのかもしれない。彼のことをもうあんまり鮮明には思い出せないのだけれど、わたしはあの立川バベルの、渋谷ラッシュの、下北沢ベースメントバーの、小さな熱狂を忘れることが、どうしてもできない。